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北小路 肉丸の自分史・・つまり「肉丸史」

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第26話 食事事情

「どうして積丹なんて言ったの?」

何やら書かされている父の横にいた母が私に問い詰めます・・・。

「ウチの住所を忘れて、おばぁちゃんの家なら住所が思いだせて・・」

子供ながら、苦しい言い訳です・・。

何やら大事になっていたみたいで(笑)、父はお巡りさんからいろいろと質問されたり、書類を書かされていました。


交番から釈放(解放)されたのは、夜9時を回っていました。

ドラマのセリフを真似て、「シャバの空気は・・」と言いかけたところで、後ろから母親に叩かれました・・。
(当時は任侠モノの映画全盛期でした)

まぁ、両親もボクを車に一人残したという負い目もあるので、それ以上叱ることはありませんでした。

遅くなったということもあり、その日は外食でした。

親子丼か何かを食べたと思います。

迷子になったことよりご飯を食べたことが凄く嬉しかったのです。

実は、外食するというのは、ウチでは珍しいことでした。

そのような中、数か月に1度だけ「ごちそう」を食べれる日があります。

それは父の仕事で「上棟式」があるときです。

上棟式とは、建物を新築する際、近所にお餅や小銭を配ったりする祭祀です。

当然、棟梁である父も「ごちそう」やお酒が振る舞わられるのですが、父は「ごちそう」には手を付けず「折」に入れて必ず持ち帰ってくれるのです。

簡素化され最初から折に入っている場合もあるのですが、父が建てる家は裕福層がメインだったため、今思い出してもボリュームも質もかなり良いものでした。

今日は上棟式だ・・と父から聞いた日は、昼ご飯を抜いてでも良かったですね。

普段の食事は、住み込みのお弟子さんがいる時は大皿料理で豪勢に感じましたが、親子だけで暮らすようになってからは質素でしたね。


豪勢なのは「お正月」でした。

12月30日くらいから積丹にある祖母の家に親戚一同が集まりました。

2人しか住んでいないのに大きな家に住んでいたのは、この日のためと言っても過言ではありません。

例えば、大晦日に使う食器だけで一部屋(6畳)が埋まっています。

2階には30畳ほどの大広間があり、親戚一同がそこで食事をし、新年を祝いました。

その思い出が楽しかったものだから、白バイに乗って積丹に行きたかったのかもしれませんね(笑)
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