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北小路 肉丸の自分史・・つまり「肉丸史」

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第13話・木佐キザオ

次の引っ越し先は、円山でした。

今でいう「裏参道」という所です。

おんぼろアパートは、この円山の家を探す間の一時しのぎだったみたいです。

ボクはココから「仲よし子ども館」に通いました。

札幌市の人口は、このころ急激に増えていて、子供も多くなったのですが幼稚園などが少なく、幼稚園に行けない子が多かったのです。

そこで、市内各地に「仲よし子ども館」という青空教室を作っていたのでした。


しかし、近所に住む、同じ歳の多くの子は幼稚園に通っています。

幼稚園の数も少なかったのですが、我が家は貧乏で私は幼稚園に通うことが出来なかったのです。
(父は、事あるごとに、私を幼稚園に行かせならなかったことを悔やんでいた)

当の私は気にもしないのですが、子供のコミュニティの中では「差」はあったのかも知れません。


その差を感じたのは、木佐キザオとの出会いでした。

このあたりも「お金持ち」が多い地区で、オバケのQ太郎に出てくる木佐キザオみたいな子がいたのです。
キザオ


・・・うーーん・・・、木佐キザオはメジャーじゃないな・・・(笑)

もとい・・・・、ドラえもんに出てくるスネ夫みたいな子がいたのです。

まぁ、体格はジャイアンな私ですが、ドラえもんと違うのはスネ夫はジャイアンの子分ではないことです。

とにかく、ボクとスネ夫は事あるごとに対立するのでした。

「うちのパパはお金持ち」

「ウチのパパの仕事は社長」

「お前のパパの仕事は何だ?」


「うーん・・、とうりょう・・?・・・おやかた、とも言われる・・」

「なに、とうりょうって?? 社長でも部長でも無いならダメだな」

何となく、父親がバカにされているのは分かります・・・。


爪から出て行った白いモノが、また爪に戻っていった気がします・・・・。



それは大事でした。

スネ夫のパパは社長ではなく、組長と呼ばれる人でした。
(スネ夫のウソツキめ)


しかし、父も黙ってはいませんでした。

宮大工で修業した父ですが、そんなに寺社仏閣の仕事があるわけではなく、茶室のある家などの高級住宅を建てていました。

そんな家を建てる「建主さん」も、やはり社長とか組長と呼ばれる人がいたみたいです。

後で知った話ですが、父を気に入っていた組長さんと、スネ夫のパパは、当時本当に対立していたらしいです。

しかし、子供のケンカを発端にした抗争になるようなことはありませんでした(当たり前か)

まぁ、後日談として母は「あの時は大変だった・・」と言っていましたから、影で何があったかは「謎」です。

13こども館
「なかよし子ども館」のバスと
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