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北小路 肉丸の自分史・・つまり「肉丸史」

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第47話 母の話(幼年期)

第47話 母の話(幼年期)


母の祖父は「刀鍛冶」を生業としていました。

戊辰戦争絡みか、あるいは「刀の時代も終わり」新天地を求めてか、函館に居住することになります。

その後、母の父はサハリンの栄浜村(現在名スタロドゥプスコエ)に移住し、そこで母が生まれました。


母が2歳の時の話。

隣町である落合町(現在名ドリンスク)に呉服屋を営み裕福に暮らしている家がありました。

そこの夫婦は子供が出来ず、男の子を養子にしていましたが、女の子も欲しいと思っていました。

そこに、たまたま服を買いに母が祖母と訪れたのです。

その夫婦は、すぐに母を見初め「養子に欲しい」と頼み込みました。

まぁ、突然のことですし、了承するわけはありません。

しかし、その夫婦はあきらめず、その後も母の所にやってきては洋服やらお菓子やらを渡していたそうです。


2歳の子ですから、お菓子をくれる人は好きになります。

そのまま、何度か遊びに行っているうちに、「ウチの子供にならないか?」という誘いに「うん」と返事をしてしまいました。


もちろん、親は許しませんでしたが、迎えに行っても母は押し入れに隠れて出てこず、仕方なく、そのまましばらくの間その家に預けることになりました。

そのころ、戦争の影が母を襲います。

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第46話 父の話(青年編2)

父の師匠という人は「有名な宮大工」だったらしく、いろいろな人脈を持っていたみたいです。

なので、まだまだ若い父が暴れまわっても(笑)穏便に事が済んだらしいです。

まぁ、何でも「その筋」からスカウトが来るほど暴れていたらしいです(笑)

それでも、仕事はマジメに取り組んでいたらしく、若くして「独立」という話も出てきました。

そんなある日、父は師匠と、地元の興行主(その筋?・・笑)、そして興業主が連れてきた外人プロレスラーらとススキノに飲みに出ました。

ちなみに、その外人レスラーは、後にプロレスのレフリーとしても活躍する「知る人ぞ知る有名選手」です。

当時はプロレスが人気でしたから、その外人プロレスラーも注目されていますし、彼もそれを知っていて暴れ放題だったらしいです。


ある高級クラブに行き、我が物顔で酒を飲んでいるとショーが始まりました。

クラブ歌手が唄っているのですが、外人レスラーはその歌手を気に入ってしまい、歌も聞かずにテーブルに連れて来いと言いだしました。

まぁ、パフォーマンスも含めていたのでしょう(笑)
しかし、クラブ歌手の女性は接客はしませんから、席につくことはありません。

それが気に入らないとレスラーが騒ぎ、誰も止められなくなったところ、そのレスラーを制したのが父でした。

それが父と母の出会いです。

えぇ、母はクラブ歌手だったのです(笑)
まぁ、それはそれで事情があるのですが・・・。

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第45話 父の話(青年編1)

第45話 父の話(青年編1)

祖父が亡くなったのは、父が17才の時でした。

若くして兄弟や家族を背負って立つこととなります。

父は体は小さいが腕力があったらしく、地元では「かなり」暴れん坊だったみたいです(笑)
私が子供のころ、父の友人たちから「父の逸話」を聞かされたモノでした。

ただ、仲間や友人たちの面倒見は良かったらしく慕われていたみたいです。

そのような父でしたが、祖父が亡くなり、生活が一変します。

学校を辞め、働くことにしました。

地元の田舎では、兄弟達を食べさせていくだけの仕事は無く、札幌に出て働くことにしました。

働き先は、祖父と仕事をしていた「大工」さんの所です。

それも、神社や仏閣を建てる「宮大工」という所に修業に行ったのでした。


修行時代のことは、あまり語りませんでしたから、知ることは少ないのですが、元々器用なこともあり、若くして仕事を任せられるようになったみたいです。

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第44話 祖父の話

話は複雑です。

前回は曽祖父の話を書きましたが、祖父は曽祖父の実子では無さそうです。

曾祖母は曽祖父と結婚する前に、曽祖父の兄弟と結婚し、そこで一男(祖父)を授かった後、主人を亡くし、兄弟の曽祖父と再婚したみたいです。

ですから、血は繋がっているものの、曽祖母の連れ子として祖父は曽祖父に育てられたみたいです。

祖父は長男として家督は継いだものの寺院は継がず、曽祖父の実子である弟達に継がせるつもりだったみたいです。

後を継ぐ者がいなければ、曽祖父が作ったと言え、寺院は別の人が継ぐことになります。

曽祖父は八男三女を育て、後に六男が跡を継ぎ僧侶になるのですが、この時点ではまだ幼く、別の人が寺院を継ぎました。

ただ、寺院は明け渡しても「住む場所」は同じ場所で、隣の住居棟に住んでいました。

祖父の兄弟ですが、残念ながら、その後の「付き合い」が薄れ、私が知る範囲では小樽に住む妹と余市に住む僧りょを継いだ弟しか知りません。
(戦争で亡くなった方もいるみたいです)
祖父は地元で「大工」を営んでいました。

曽祖父のような「逸話」が無いので(笑)、仕事っぷりは分かりません・・・。

ただ、唯一残された「袢纏」を見る限りは、地元でバリバリと仕事をしていたと想像できます。
_DSC8352.jpg

それでも、田舎町の大工さんですから、そんなに仕事もあるわけでは無く、実子の次男三女を育てるほか、自分の兄弟の生活も面倒見ていたみたいですから、暮らしは裕福とは言えなかったみたいです。

ちなみに祖父はバツイチでして(笑)、長女は前妻の子になります。

さて、自分の兄弟と子供達を育てるためバリバリと働いて祖父ですが、ある夏の日、仕事を終え、近所の川で汗を流している時に突然倒れ、54才という若さで亡くなりました。


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