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北小路 肉丸の自分史・・つまり「肉丸史」

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第43話 曽祖父の話

曽祖父は、理由や経緯は全く不明なのですが「僧侶」となったみたいです・・(笑)

修業の後、北海道の日本海に面した、ニシン漁で栄えはじめた港町に行くことになりました。

この港町には、まだ寺院が無く、漁師たちも「よりどころ」を求めていたみたいです。

港から離れた山間に寺院を建立し、隣の丘陵に墓地用地などを確保しました。
(今は公営の霊園になっている)

当時、ニシン漁は盛んで、その港町は活気にあふれていました。

一攫千金を狙う男たちは、海が荒れても漁に出たそうです。

ある日のこと・・・。

船が漁に出た後、海が荒れ、船が遭難し、多くの方が亡くなったことがあったみたいです。

曽祖父は、その事故を憂いました・・・。

自ら「誓い」を立て、厳しい修行を行ったそうです。

その「誓い」とは、自分の命の期限を60才までとし、その命を削った分を捧げ、人の役に立ちたいというモノでした。
(日蓮上人と同じ年齢を期限とした)

その「誓い」は、見事に成就し、曽祖父は「特殊な力」を身につけたと言われています。

どんなに天気の良い日であっても、曽祖父が「漁に出るな」と言ったら、漁師は漁に出るのを止めました。

その後、本当に嵐が来るからです。

止めるだけではなく、「今日はどこの漁場が良い」などという情報も出していたみたいです。

もちろん、それも「当たっていた」らしく・・・(笑)

町の人の多くが曽祖父のことを尊敬していたらしいです。

さて、その後、「命の期限」である60才がやってきました。

すぐには仏様のお迎えは無かったのですが、61才を迎えようとする直前に亡くなりました・・。

記念碑
写真は、曽祖父が開祖となった寺院にある曽祖父の記念碑。
(お墓じゃありません・・笑)

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第42話 北海道以前の話

しばらく放置してありましたが、少なからず「訪問」していただける方がいらっしゃいます。
(ありがたいことです)

さて、「ボクの話」は小学1年生まで進みましたが、実は「この先」の記憶は薄いです。

2年生になってからの「担任」が大嫌いでして・・・。

多分、今ならイロイロと問題になるようなことを連発していた先生でもありました。

なので「学校での想い出」というのが極端に少なくなっていきます・・・。

ということで、第3章は「ボクの話」をさかのぼり、「両親の話」をしていきたいと思います。



父方の曽祖父は、民話の故郷と言われる岩手県遠野市で生まれ育ちました。

今は、合併して「遠野市」なのですが、元々は達曽部という村がルーツです。

このあたりは、とても同じ苗字の人が多く、もしかすると皆、遠い親戚かもしれません?

実際、同じ名字の人で、お父さんが達曽部出身という知り合いもいて、遠い親戚かもしれないねと話しています(笑)

さて、調べてみたところ、地元でも力のある家(庄屋か何か?)に生まれたらしいですが、家督は次いでいません。
(多分、次男以降だと思われます)

ちなみに古い戸籍から調べたところ、「この家」が本家らしいです。
(家紋も一緒・・・笑)

本家?
残念ながら、突然訪問する勇気はありませんでした(笑)

この家で何か聞くことができたなら、曽祖父以前の話も知り得たかもしれませんが、そこまで遡り真実か分からないことを書くよりは、北海道からの話を書いていきたいと思います。

とは言っても、こちらも私が立ち会っていた訳ではありませんから、想像が混じってしまいますけどね。

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