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北小路 肉丸の自分史・・つまり「肉丸史」

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第29話  火事

引っ越した家は、隣にも同じ形の家があり4世帯が入居していました。

家の正面側は、幹線道路が走っていて商店などもありましたが、家の裏は田んぼと畑が広がっていました。

畑の中に納屋があり、その向こうに小川、その側に1件農家がありましたが、あとは山まで家はありません。

ボクは主に「家の裏」で遊ぶことになります。

隣の3世帯のうち2世帯に年の近い子が住んでいました。

2軒隣に住む小学4年生が最年長で、近所の子供たちのリーダーでもありました。

また、大家さんの甥にボクと同学年の男の子がいて、この4人で遊ぶことが多かったです。


そんなある日のこと。

「子犬がいるから見に行こう」という話をリーダーが言いだしました。

裏の納屋に野良犬が住みつき、子犬を生んだらしいのです。

さっそく4人組は、納屋に侵入しました。

納屋にはワラが積まれていました。

トラクターなどの農機具が置かれ、その奥の真っ暗な所から子犬の声が聞こえました。

近寄ると、親犬がボク達を威嚇しました。

噛みつかれては困るので、ボク達は遠くから見守りましたが、真っ暗で子犬は見えません。

「あっ、いいことを思いついた! ちょっと待ってて!」

リーダーが言いました。

しばらくすると、リーダーは家からロウソクとマッチを持ってきました。

ロウソクに火をつけ奥を灯すと、子犬の姿が見えました。


「オレも見たい!」

大家さんの甥っ子が、ロウソクを取り上げました。

「アチッ!」

と声が聞こえました。

ロウソクが垂れ、甥っ子の手に触れたみたいです。

問題は、その後でした。

手に持ったロウソクを落としてしまい、ワラに火がつきました。

メラメラと火が大きくなっていきました。

火は大きな炎となていきます。

ボクたちはその炎の真ん中に立ちすくむだけでした・・・。

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第28話  引っ越し

大人になって、仕事の関係で円山時代に住んでいた家に行ったことがあります。

もちろん、当時住んでいた家はすでにありません。

別の家が建っていました。

チャイムを押すと、おばあさんが出てきました。

とりあえず、本件(家の前で道路工事が行われるので、協力と注意点などをお願いします)を話した後・・。

「実は、昔、この場所に住んでいたことがあるのですよ」
と言いました。

すると、おばあさんは私の顔を繁々と見て・・

「〇〇ちゃんかい?」

と私の名前を言い当てました。

このおばあさんは、住んでいた家の大家さんでした。
(私はおばあさんの顔を見ても思い出せないが・・)


当時、両親がどのような苦労をしていたか、などを話してくれたのですが、途中で、おばあさんの目からボロボロと涙が溢れてきました・・。

自分の昔の話を聞けたのも良かったことですが、大人になった姿を見せることが出来て良かったと感じましたね。



また、ボクの時代に戻ります・・。

その円山の家から離れる日。

引っ越し当日は、隣のサクラダさんも手伝ってくれました。

ペコちゃんと一緒にクルマに乗り「新しい家」につきました。

もちろん借家なのですが、この家は父が建てた家でもありました。


札幌市も人口が増え、町はずれの農地も宅地化されていった頃です。

ここも周囲は農地で、大家さんも農家でした。

家は当時としては斬新なデザインで、雪対策を考えて作ったという父の自慢のデザインでした。

外壁もピンク色で、当時としては奇抜ですね。
(ちなみに40年以上たった今でも現存している)

ボクの部屋は2階の8畳間でしたが、机とタンス以外は何もなく、とても殺風景です。

引っ越しを手伝ってくれたサクラダさん一家にお礼をし、ペコちゃんに「またね」と言って別れました。

しかし、それから二度とペコちゃんに会うことはありませんでした。

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第27話  小学校見学

幼稚園には行っていませんが、札幌市が行っていた「母親学園」という所に通っていました。

通っていた場所(現在は円山まちづくりセンター)や運動会のことは覚えているのですが、後は何をやったか覚えていません・・。
(イタズラなどは覚えているのに勉強したことは覚えていない・・)

当時描いた絵や夏休みの記録などが残されている所を見ると、何かをやっていたことは事実ですね(笑)

その中で唯一、覚えているのは「小学校見学」です。

ボク達が住んでいたのは、円山という所でしたが、ここは教育レベルが比較的高かったのかもしれません。

何となく、この町の小学校から中学校へ行くことがブランド化されていたような気がします。

当然、ボクも「その小学校」に行くつもりでしたから、小学校見学を楽しみにしていたのです。

ところが・・・・父から緊急発表が。


それは、私の小学校入学に合わせて引っ越すというものでした。

円山の家は平屋の2間の家でしたが、引っ越し先は2階建てでボクの部屋まであるそうです。

これは、子供心にかなりショックでした・・・。

親としては「子供部屋」を用意したかったのでしょうが、ボクは複雑な気持ちでした。


あれだけ楽しみにしていた小学校見学の日。

案内された体育館で、小学校の先生がボク達に聞きました。

「この小学校に通ってくるお友達は手を上げてください」

手を上げなかったのはボクだけでした・・。


「キミも小学校ってどんなところなのか見ていってね」

と優しく言葉をかけてもらったのですが、なぜかその言葉すら悲しかったような気がします。



その後すぐに引っ越し準備に入りました・・・。

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第26話 食事事情

「どうして積丹なんて言ったの?」

何やら書かされている父の横にいた母が私に問い詰めます・・・。

「ウチの住所を忘れて、おばぁちゃんの家なら住所が思いだせて・・」

子供ながら、苦しい言い訳です・・。

何やら大事になっていたみたいで(笑)、父はお巡りさんからいろいろと質問されたり、書類を書かされていました。


交番から釈放(解放)されたのは、夜9時を回っていました。

ドラマのセリフを真似て、「シャバの空気は・・」と言いかけたところで、後ろから母親に叩かれました・・。
(当時は任侠モノの映画全盛期でした)

まぁ、両親もボクを車に一人残したという負い目もあるので、それ以上叱ることはありませんでした。

遅くなったということもあり、その日は外食でした。

親子丼か何かを食べたと思います。

迷子になったことよりご飯を食べたことが凄く嬉しかったのです。

実は、外食するというのは、ウチでは珍しいことでした。

そのような中、数か月に1度だけ「ごちそう」を食べれる日があります。

それは父の仕事で「上棟式」があるときです。

上棟式とは、建物を新築する際、近所にお餅や小銭を配ったりする祭祀です。

当然、棟梁である父も「ごちそう」やお酒が振る舞わられるのですが、父は「ごちそう」には手を付けず「折」に入れて必ず持ち帰ってくれるのです。

簡素化され最初から折に入っている場合もあるのですが、父が建てる家は裕福層がメインだったため、今思い出してもボリュームも質もかなり良いものでした。

今日は上棟式だ・・と父から聞いた日は、昼ご飯を抜いてでも良かったですね。

普段の食事は、住み込みのお弟子さんがいる時は大皿料理で豪勢に感じましたが、親子だけで暮らすようになってからは質素でしたね。


豪勢なのは「お正月」でした。

12月30日くらいから積丹にある祖母の家に親戚一同が集まりました。

2人しか住んでいないのに大きな家に住んでいたのは、この日のためと言っても過言ではありません。

例えば、大晦日に使う食器だけで一部屋(6畳)が埋まっています。

2階には30畳ほどの大広間があり、親戚一同がそこで食事をし、新年を祝いました。

その思い出が楽しかったものだから、白バイに乗って積丹に行きたかったのかもしれませんね(笑)

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第25話 白バイ作戦

一度だけ「迷子」になったことがあります。

どこに行ったのかは忘れたのですが、何かの展示会で先端に針のついたリモートコントロールの戦車を動かして風船を割るゲームをしていたことは記憶にあります。

で、その展示会場で迷子になったわけではありません(笑)

帰り道、両親はどこかの家に寄りました。

多分、仕事先への挨拶だったのでしょう。

「クルマで待っているように」と言われたのですが、おとなしく言うことを聞いているボクではありません。

クルマから降りて、近くの探検を始めました。

今思えば、サッポロファクトリーの近辺だったと思います。


周囲を一周しようとしたら「公園」を発見し、ちょっと遊んでいたら、辺りは薄暗くなっていました。

見たことのない風景に不安になりました。

しかし、すぐに不安は解消されました。

赤い電灯がともる交番を発見したのです。

「ごめんください、迷子なんですけど・・・」

と言って、交番に入りました。

そんなことを言う迷子も少ないでしょうね。

ここに座って、と言われ出されたイスの前に、「警察官募集」と書かれたポスターが飾られていました。

青い空の下、白バイが颯爽と走っているポスターでした。


ボクは「白バイ」に乗ってみたいという衝動に・・・。

自衛隊のジープにも乗れましたから、またちょっと悪知恵を使えば白バイに乗せてもらえるはず・・(笑)

「ボク、お家の住所はどこか言える?」

と言う質問に、ここで近い住所を言ったら両親が迎えに来るだけだが、遠い住所を言えば白バイで送ってもらえるかも・・と思ったのです。

ポスターの青い空を見て、すぐに連想した場所、「しゃこたん!!」・・と答えたのです。

積丹は青い空と青い海がきれいな所で、白バイでのツーリングにはもってこいです。

というか、祖母の家が積丹にあり、そこまで送ってもらえれば自宅に帰れるだろうという計算もあります・・・。

次の質問は

「お父さんやお母さんと一緒に来たのでしょ」

と言うものでした。

ここで、両親と一緒に来たと言ったら、両親を探してくれるでしょうが、白バイでのツーリングは無くなります。

「一人できました・・」

と答えたところ、なぜかお巡りさんは真っ青、もう一人のお巡りさんもどこかに電話し始めました。

その雰囲気に、ちょっと、マズかったかな・・・と気付いたころは、もう遅く・・・。


しばらくして、「うちの子がいなくなったのですけどっ!」と交番に来た両親に救われたのでした・・・。

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第24話 ウソ

ウソをついて自衛隊のジープに乗り込んだボク達ですが、マズイ問題がありました。

助手席に別の隊員が乗り込んできたのです。

ボク達は後部座席に乗ったのですが、ジープは2ドアでしたから、これで逃げ出すことが出来なくなったのです・・。

せっかくジープでのドライブを楽しもうと思ったのに、乗っている間は「逃げ出す方法」しか考えていませんでした。


信号でジープが停まり、追いかけていたクルマが遠ざかります。

焦りをみせた自衛隊員さんにボクは

「ここに来たことがあるから、ここからなら家に帰れると思う」
と言いました。

こう言えば、ここで降ろしてもらえるだろうと思ったのです

しかし、自衛隊員さんは

「じゃあ、家までの道順を教えてくれるかい」
と言ってくれました。

本当に優しい自衛隊員さんなのですが、ウソをついている私にとっては困った返事です(笑)

家についても、さっきまで追いかけていたクルマはないですし(当然)、何より両親にバレたら面倒です。

「次の交差点をコッチに曲がってください」
と、タクシー感覚です・・・。

「その電柱3本目がウチです」

と言って、停まったのは家から200mほど離れた場所です。

ジープから降ろしてもらい「お礼」を言いましたが、自衛隊員さんもそれだけでは帰りません。

「ちょっと、お母さんを呼んできてくれるかな」

まぁ、向こうも責任がありますから当然ですよね。

私は、ここで2通りの考えを持っていました。

1つは、「はいっ」と言って、その家に入るふりをして、庭から路地に抜けて消える。

もう1つは、そのまま何も言わず、走って逃げる・・・。


家に入ったふりをして逃げるのは、騙すような感じがしてイヤでした。

どっちにしても「逃げる」のですが(笑)騙すのではなく、堂々と逃げ出すことにしました。

ペコちゃんの手を握り、一気に駆け出すと「おじさん、ありがとー」と言って振り向きました。

「待ちなさいっ!」

の声を聞こえないふりして、また走りました・・・。



多分、時効だと思いますが、自衛隊員の皆さんごめんなさい・・・。

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第23話 自衛隊事件

子供二人だけで訪れた動物園。

疲れたボクの目に入ったのは、自衛隊の格好良いジープでした。

「自衛隊のジープに乗ってみたい」

そう思った私は、まずペコちゃんに一言。

「み・・道に迷ったみたい・・・」と言いました。

実際は、動物園から私たちの家は一本道の直線でして、絶対に迷うことはありません。

しかし、ペコちゃんは私の言葉に不安になりました。

「前も、この辺で迷子になって、気付いたら真っ暗く、お墓がある道に迷って・・・」などと言って、ペコちゃんの恐怖を盛り上げます。

「そうだ! あそこにいるおじさん達に助けてもらおう!」

と言って、ペコちゃんの手を引いてジープの横に立っている自衛隊員のおじさんのところに行きました。

「ボクたち・・・迷子なの・・・」

子供心に、自衛隊は市民を助ける人たちだと知っています。

隣には、不安で半べそ状態の女の子もいます。

きっと、ジープに乗せて家まで送ってくれるだろうと思いました。

作戦名「ジープに乗れて帰り道も楽」です。

しかし、作戦はすぐに失敗。

「迷子?・・おいっ! この子達を動物園の事務所に連れて行きなさい」

隊長らしき人が、誰かに命令しました。

これはマズイ展開・・・。


ボクは咄嗟に 「あっ! パパとママ!!」と言って動物園の前を通り過ぎたクルマを指さしました。

「パパとママがボクたちを置いて、クルマで帰っちゃう!!」

「あのクルマを追いかけて!!」


私が声をかけたおじさんが隊長の方をチラリと見ました。

隊長さんが頷く姿が見えました。

「ボクたち、乗りなさい!」

ボクたちはジープの後部座席に乗り込むことができました。

まんまと作戦が成功したわけですが、すぐに問題があることに気づきました・・・。

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第22話 子供のフィールド

両親は私を自由に育てていましたから、小学校入学前の子供にしては「遊び場」のテリトリーは広かったと思います。

北海道神宮の裏参道(南1条通)を中心とした「横に広く縦に短い」フィールドでしたね。

縦は北1条通から南3条、横は西20丁目通から円山のふもとまで、という感じでした。

西20丁目側の三角公園で遊んだと思ったら、円山公園の入り口近辺をぶらついていたりしました。

当時、円山公園の入り口は市電の停留所があったり、観光バスの駐車場があり、それを見るのが好きでした。
(「ふせ観光」のバス運転手になりたいと思っていた・・)

ただ、自分のテリトリーから1歩出ると迷うこともあります。

母が洋装を習っていて、その先生が円山墓地近くに住んでいたので、そこに遊びに行こうとして円山墓地の中で道に迷ってしまったこともありました。

かなり暗い時間まで迷っていて、とても怖かったことは覚えています。

円山墓地はボクのテリトリーから50mほどしか離れていないのですが、子供なら「そんなもの」かも知れません。

テリトリーの外と言えば、円山動物園も近くまでした。

ここは、裏参道から一直線で行けますから迷うことは無いのですが、一人で行ったことはありません。

だいたい大人と一緒でしたね。

ただ1度だけ、隣に住むペコちゃんと一緒に子供だけで動物園に行ったことがあります。

自分一人での行動であれば、さほど疲れないのですが、咲いている花を見つけては立ち止まるような女の子と歩調を合わせるのは疲れます・・・。

その日はとても疲れました。

まぁそれでも、一通り動物園を廻り、帰ろうとすると・・・。

動物園の入り口に格好良いクルマが集合していました。

自衛隊のジープです。

多分、休憩のために動物園に寄っていたのでしょう。

「このジープに乗ってみたい・・・」

ボクはそんな衝動に駆られました・・・。

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第21話 ダブルラーメン

第2章始まりです。
今回は、小学校入学前から低学年までのお話です。
また、面が割れる(笑)可能性や周囲にご迷惑をお掛けする場合もあるので、写真掲載は少なくなります。


北海道には限定品というのが多いのですが、特に「即席めん」は北海道限定品が多いです。

東洋水産(マルちゃん)のダブルラーメンもそのひとつで、ひとつの袋に2つ麺が入っているものです。


さて、父の仕事の関係で母が出かける時、ボクはサクラダさんの家に預けられました。

当然、お昼ゴハンもごちそうになります。

その日は、インスタントラーメンを食べることになったのですが・・・。

ペコちゃんが「自分で作りたい」と言いだしました。

そこで、急きょ「初めての手料理」が始まりました。
(私は見ているだけ・・・)

ママゴト遊び感覚なのでしょう。



ちなみに座卓(ちゃぶ台)で過ごしているボクは食卓テーブルに座ることでさえ新鮮です。

ほどなく、食卓テーブルにラーメンが運ばれてきました。

当然、母親の監視の下で作っていますから、ペコちゃんの初料理とはいえ、おいしく出来上がっています。


早速食べようとすると、熱くて食べられない・・。

新婚さんならフーフーとしてもらいますが・・・。


ふと見ると、ペコちゃんは箸に麺を巻き付けて食べていました。

スパゲティの要領ですね。

真似てみると、箸に麺を巻き付けているうちに、冷めて食べやすい温度になっていきます。

これは大発見!!

後半は、すっかり伸びきってしまったラーメンですが、その冷めた感じも美味しいと思いました。


まぁ、数日後、自宅で同じことをしたら「早く食べなさい!」と怒られましたけどね・・・。

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第2章 もくじ

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