FC2ブログ

2904

北小路 肉丸の自分史・・つまり「肉丸史」

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

第6話・虫きり

全ての事柄を科学で解明するのは、なかなか難しいことがあるのかも知れません。

こう見えても理系技術者である私ですが、科学ですべて解決できるとは思っていません。

・・というか、建設の場合は、科学や技術より「神事」が多いような気がする。

まぁ、そんな話は置いといて・・・。


ボクがすぐ人に噛みつくのは、体の中にいる虫が悪さをするから・・

という非科学的な理由で、お寺にやってきました。


体の中にいる虫を取り出すのが、病院ではなく、お寺というのも非科学的です。

それでも大人たちは真剣です。


まずは「お清め」します。

と言って、塩らしきものを両手にまんべんなく摺込まれました。

特に、指先を中心に清められました。

次に手の平に何かを塗られました。

「見ていてくださいよ」

と言っている間に、指の爪の間から、糸の繊維よりも細く白いモノが出てきました。


多分、信じない人が多いでしょうね。

幻覚とも言う人もいるでしょう。

いやいや、子供の、それもずっと昔の記憶なので、曖昧と言われれば、曖昧です(笑)

しかし、実際に記憶の片隅にその映像が残っている以上、何とも・・・・。


事実、それ以降、キーーーッと言って人に噛みつくことは少なくなりました。
(まぁ、今でも言葉では噛みつくことが多いのですけどね・・・笑)


さて、もう一つの問題。

「会話」ができず、物覚えが悪いことですが・・・。

両親が心配していたのは、知的障害でした。

スポンサーサイト

PageTop

第5話・噛みつく

旭が丘に引っ越す前の話になりますが、1歳児検診で「言葉の発育に注意が必要です」と言われたそうです。

そんなことを言われては、やはり気になりますよね。


それからというもの、「言葉の発育」にかなり注意をして見ていましたが、観察しているとボクはあきらかに他の子供と違う点が2つありました。


一つは、やはり「言葉の発育」

それも、あまり「お話」しないこと。

というか、喋るのだが多くは喋らない・・。

まぁ、単語を少しずつ言うのだが、「会話」として成り立たないし、物覚えも悪かった。


もう一つは、とても「カンシャクもち」であったこと。

ヒグマとの死闘でもお分かりのように、ひじょうに短気で、攻撃的です。

ニコニコと笑っていたかと思えば、一瞬で豹変し、ガブリと噛みつくのです。


近所のおばさんが、「可愛いですねぇ」などと言って、ボクの頭を撫でようとしてもガブリ・・・。

ヒグマと大差ありません・・・・。


一番の被害者は、3才年上の従姉でした。

一緒に仲良く遊んでいても、突然、ギィーーッと叫んで従姉に噛みつくのです・・・(汗)


従姉だけではなく、同年代の子に対しても同じですから、友達もできないまま、犬と遊ぶ日々だったのです。


さて、「生まれちゃった婚」の両親ではありますが、この2人は、ただのヤンキーではありません。

なんと2人ともお寺で育ったという、厳格な家育ちなのです。
(偶然、同じ宗派のお寺だったのだが・・・)


あまりにもひどい「カンシャクもち」でしたから、両親は私の「虫切り」をお寺にお願いすることにしました。


夜泣きがひどい時に「かん虫が出ている」などと言いますが、夜泣きなどの原因が分からないので、体の中にいる虫が悪さをするからなどと言われていたのです。

で、その「体の中にいる虫」を除去するのが「虫切り」・・・。

まぁ、迷信じみてますねぇ。

でも、お寺で育った両親に迷信はありません・・・。

5噛みつく

一番の被害者である従姉と・・・
(従姉には今でも恨み言を言われる・・)

PageTop

第4話・ヒグマとの死闘

父は仕事が忙しく、休日などありませんでしたが、なぜか「山菜取りシーズン」は1日休みを取ります(笑)

この日はドライブと称し「竹の子」(北海道は筍では無い)を採りに出かけました。

今では「揚げいも」で有名な峠のドライブインで昼ごはんを食べることにしたのですが・・・・。


駐車場で車を降りると、ビャービャーと大きな鳴き声が聞こえました。

声する場所を見ると、黒くて丸い物体が鎖に繋がれ動いていました。

私の半分ほどの大きさのその物体は、小熊でした。

近くにいた、駐車場のおじさんの話では、数日前に親熊と駐車場近辺に出てきて親熊はすぐに射殺されてしまったそうですが、小熊だけは保護されたそうです。

きっと、親熊を呼んで鳴いていたのかもしれません。


可哀そう・・と思ったボクは、そっと小熊の頭を撫でようとしました・・・。


あっ! コラッ! というおじさんの声と同時に、左手に痛みを感じました。

小熊と言えど、鋭い爪があり、近くによった私は引掻かれてしまったのです。

しかし、毎日、この小熊の4倍ほどの大きさのチビと闘っているボクです。

頭を撫でようと広げていた右手が握りしめられ、そのまま小熊の顔に向かっていきます。

チビはボクのパンチくらいは、軽くかわすのですが、この小熊は違いました。

逃げようとせず、勢いをつけて向かってきました。

ボクの手にかじりつこうとしたのです。

しかし、それがカウンターとなり小熊の鼻先にパンチがクリティカルヒット!

小熊の口には輪がはめられていて、大きく口を開くことができなかったのです。

同時に、キックをあびせようと足をけり上げた瞬間、おじさんに抱きかかえられました。

だ・・だ大丈夫か、ぼうず・・。

ボクは右手の親指を小鼻に当て、「だいじょーぶ」と言って手を開きました。

それは、仮面の忍者の青影ポーズです。



父と母、そして駐車場のおじさんが、お互いに頭を下げあっている中、小熊は狭い檻の中に入れられてしまいました。

やはり、それは可哀そうな姿でした・・・・。


今でも「ヒグマと闘って、勝ったことがある」と自慢する私ですが、相手は小熊ですが、私も子供でしたので「条件は一緒」です(笑)

まぁ、口輪が無ければ勝敗は分からなかったですけどね。

4ヒグマとの死闘

写真のクマと闘いました・・・(ウソです)
後ろの女の子は誰かは忘れました・・・W

PageTop

第3話・首輪のはずし方

家の庭には大きな木が2本あったのですが、そこにワイヤーを張って鎖を繋いでいました。

チビという名前とは程遠い、大きな犬となったチビは、自由に庭を駆け回ります。

警察犬になるような犬ですから、頭も良く、躾けができた犬になりました。

吠えることなど一度もありません。

ある理由(後日説明)で、遊び友達のいなかったボクにとって、チビは唯一の友達でした。

チビもそれはよく分かっていたみたいで、暴れん坊なボクのパンチやキックを受けても怒ることもありません。
(噛みつき攻撃にはキャンと鳴いたみたいだが・・・)

そんなある日、チビと遊ぼうと庭に出ると、チビは大喜びでボクに飛びついてきました。

さすがにボクの2倍の大きさですから、ドスンと尻もちをついてしまいました。

一瞬、ハッとしたチビはボクから離れたのですが、チビの鎖(当時はリードなんてモノは無く、本当にチェーンのような鎖でした)がボクの首に巻きついていたのです。

ボクが苦しそうな声をあげると、チビが驚き、ボクから離れようしますが、離れようとするほど、ボクの首は締まります・・・。


吠えることのなかったチビが、吠えました。

異常を感じたお弟子さん達がすぐに駆けつけてくれて、ボクは助かったのですが、チビは父に怒られてしまいます・・。

それからチビは、二度とボクに飛びつくことはありませんでした。

それでもボクはかまわず、チビに対して「闘い」を挑むものですから、困った父はチビの首輪を外す方法をボクに教えてくれました。

しかし、「約束事」がありました。

「首輪を外して遊ぶときは必ず母に言うこと」でした。

頭の良いチビですから、勝手に庭から出ることは無いと思いますが、万一を考えてのことでしょう。

しかし、ボクは「首輪を外す方法」という秘密を教えてもらったことと「約束事」という責任を与えられ、大人になったような気がして、嬉しく感じていました。
(さすがに首輪をつけることはできないので、母にお願いしている)


これでボクらは、自由に庭を転げまわりながら闘うことができるようになりました。

この時の記憶は、チビと庭で遊んでいたことしかありません。

それだけ多くの時間を庭で過ごしていたのでしょう。

旭が丘高校
近所の高校で(ココもボクの遊び場の一つだった)

PageTop

第2話・チビ

引っ越した先は、旭ケ丘という所でした。

今では、高級住宅街と言われフランス料理店などが立ち並びますが、当時は郊外の住宅地という感じなのかな。

引っ越した家はさすがに今は残っていませんが、現在その場所にはこじんまりとした美術館が建っています。

高台で市内を一望できますが、家に帰るには長い長い階段を昇らなくてはなりません。

母は、肥満児・・いや健康優良児候補と言われるボクを毎日抱いて、その階段を上り下りしていました。

今でも、その階段は残っていて、だいぶ整備はされているものの、それでも上るのは大変ですね。



父がそんな不便な場所に家を借りた理由が2つあります。

一つは、お弟子さんの部屋などにするため部屋数が多いこと。

もう一つは、広い庭があることでした。

ボクを広い庭で遊ばせたいから・・などという思いではありません(笑)

「犬」を飼いたかったからです。

父も母も動物好きで、いつかは広い庭で犬を飼いたい、という思いがあったのです。

引っ越してすぐに、その「犬」がやってきました。

小さな小さな「子犬」でした。

名前は「チビ」(安易だね)

ボクはスクスクと成長し、更に健康優良児度を増していき、その分、毎日ボクを抱いて階段を上り下りする母はヤツレテいきます・・・。

しかし、そんなボクより、スクスク成長したのがチビです。

いつの間にか、ボクより大きくなり、ボクの2倍ほどの大きさになりました。


チビはジャーマンシェパードなのです。

旭が丘
旭が丘の家へ引っ越した頃
(テレビがレトロだね)

PageTop

第1話・ハーフ

巷で、梓みちよの唄う「こんにちは赤ちゃん」が流行した昭和38年。

S家の長男として生まれたボクは、体重3200g身長52cmの標準的な体形でこの世に顔を出しました。

標準体型と言われるのは、これから1年ほどの期間だけです(笑)

両親は、父が24才、母が22才。

年齢が若いが、世に言う「できちゃった婚」ではありません。

私の出生届を提出しに役場に行ったとき、初めて入籍していなかったことに気付いたらしい・・・。

つまり、「生まれちゃった婚」というヤツにあたるのか(笑)

父と母の生い立ちや私が生まれるまでの経緯については、そのうち語ることになると思う。



そんなボクは、髪の毛はちょっと茶色がかった天然パーマ。

鼻筋も通った、当時としては洒落た赤ん坊。

生家の向かいが知事公館で、そのお庭が日向ぼっこのコース。
(生家のあった場所は今はテレビ局になっている)

当時の町村知事の奥様に「この子はハーフなの?」と聞かれたほどだ(笑)

そんなボクはスクスクと育ち、「ハーフなの?」と聞かれるよりは、「健康優良児ですね」と言われることが多くなります。

要は肥満児(爆)

50日くらい
写真は生後50日くらい、母の実家の函館へ里帰り・祖父(影は母)
ちょっと、この写真じゃハーフっぽさは伝わらないかな・・・(汗)


さて、父の仕事は「大工さん」

何でも有名な「宮大工」のところに弟子入りし、若いながら北海道神宮の次に有名なM神社の改築工事を任せられるほどになったらしい。

弟子の年季も明け、独立することになりました。


独立と同時に、父の地元から新たにお弟子さんを住み込みで雇うことになりました。

この家では狭いので、ボクたちは引っ越すことになります。

ボクはまだ2才。

まだまだ記憶はありません・・・。

PageTop

はじめに

北小路 肉丸(きたこうじ にくまる)です。

普段は「道路工事中につき、ご協力を・・・」って言うブログを書いています。

建設や土木のこと・・という、あまりなじみのないカテゴリーのブログですが、これでも「そこそこ」業界関係者には認知されている・・・と自負しております(笑)

なんたって、ブログ効果によって、それまで勤めていた会社を辞めて、独立しちゃたくらいですから・・。


でも・・・、そんな無計画で「独立」しちゃったんで、日々ヒマな毎日を送っています。
(困ったもんだ)

で、そんな暇な時間を使って、新たな試みを行おうと思い立ちました。

ブログの効果を肌で知ってしまった私は、更なるブログを使った試みとして「自分史」を書いてみようと思ったのです。



まぁ、私以外の人には興味が無いとは思うが、ブログはログが残るので、いつの日にか子供や孫たちが見つけてくれて、楽しんでもらえれば良いかな。

・・な~んて想像しています(笑)

小説風になってしまうかも知れないですが、あまり固くならずに「虚」「実」を入れ混ぜた「フィクション」だと思ってもらえれば良いかな。
(誇張も多いと思いますし・・・w)

ということで、スタート。
(3日坊主にならなきゃ良いが・・・)

PageTop

■目次■

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。